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【報告】 高橋徳治商店のお話を聴いて

先日もこちらで報告した「地域を知ろう~高橋徳治商店のお話~」
参加者のみなさん、あまりに大きく・深い内容に
facebookや個人ブログでそれぞれが感じたことを
記していらっしゃるのを目にします。

今回は、参加者の一人、Nさんが寄せてくださった感想を紹介します。
3.11のあの日のこと、直後の様子、今を迎えるまで、そしてこれからのこと。
新聞や報道では知ることのできない、被災地のお話です。

*****

高橋徳治商店と言えば、3.11以降、いつもライブリーで、
「食べて復興支援!」と書かれた枠で消費材が紹介されている会社名。
支援になればと、注文用紙に「1」と書いてはいるけれど、
あれから2年、どんなふうに復興し続けているのか、
私はぜひお話を伺いたいと思い、参加しました。
そして、伺ったことを、私なりにみなさんに伝えようと思います。
もしかしたら、耳をふさぎたくなるようなこと、
目を覆いたくなるようなこと、をお伝えすることになるかもしれません。
でも、これが、石巻の現在、そして3.11から歩んできた2年だということを
忘れないでいただければと思います。

高橋さんは、まず、現状の悩みを話してくださいました。

高橋さんご自身は石巻に残り、工場を建て直しています。
ご家族は石巻に戻りたくないと高台に引っ越し、別居中だそうです。

現在、震災で約32万人がいまだ住宅不足に悩まされています。
そのうち、約12万人が、放射能から逃げて暮らしています。

仮設住宅は、住宅基礎が木製なので、築3年で建て直しの時期になり、
今仮設住宅で暮らしている数百戸の人々も、
引っ越さなければならない状況にあります。

3.11以降、震災離婚や別居が多く、
特にDV(ドメスティックバイオレンス=家庭内暴力)。
人口15万人の石巻ではDVが年々増え、前年と比べると4割増えています。
そこには、男性の働く場所がなくなり、
今まで働いて家族を養っているという
自覚・自信が失われたという状況が影響しています。

次に、地震当日から一週間くらいまでのことを話してくださいました。

私は、テレビでの映像やそこにいた人たちのインタビューを見聞きして、
3.11を知っているつもりでいましたが、
その場にいた人の話を直接聞くのは初めてでした。
話したくないことも、思い出したくないこともたくさんあったと思います。
本当に、衝撃を受ける内容でした。

3.11当日、地震が起きたあと、工場では社員79人の点呼が行われ、
女性は先にロッカーから貴重品等を持ち逃げ、
その間に男性は1千数百坪の工場内を点検、火の元確認、戸締りを行い、
10分後に全員広域避難場所に逃げました。
その間も、ずっと1~3分置きに余震が続いていました。
コンクリートは地面から剥がれて歪んでいました。

高橋さんは、自宅に寄り、車に位牌など大事なものを積んで、
避難場所の小学校まで逃げました。
避難場所に犬は連れていけないので、飼い犬を放しました。

しかし、国道は大渋滞、避難場所までたどり着けない状況でした。
高橋さんは小さいときに経験したチリ地震の津波を思い出し、
車を捨てて山へ逃げました。
そして、逃げた3分後にバリバリバリと音がして、津波が押し寄せました。
地震が起きてから30~40分後のことでした。

津波は、膝くらいの高さのものでも、
男性が立っていられないほどの脅威があります。
山に逃げ延びた人の中には、津波が来るのを見に戻った人もいましたが、
高橋さんは戻りませんでした。

渋滞している車の中で、逃げ遅れた人々が、
津波の水圧でパワーウインドウが開かず、
下から上がってくる水に空気を奪われ、
上に空気を求めて車の中でもがきながら死んでいく姿、

一瞬手を放してしまった子供が津波に流され、
自分も飛び込もうとするが周りに押さえられてパニックになっている母親、

一緒に逃げていたおばあちゃんに、
あなただけ早く逃げなさいと手を振りほどかれて、
もう一度後ろを振り返ったときには
津波にのまれていくおばあちゃんがいた…

津波で流されてくるたくさんの人、人、遺体、遺体…

家の中で二階に逃げようとして、
一瞬ではぐれた妻を探そうと家の一階に何度も潜ったが、
他の遺体ばかりで妻の遺体は結局見つからなかった…

死と向き合った当日でした。

そのまま、夜が更け、停電しているので真っ暗で寒かったです。
津波に浸かった人は、低体温症になりました。
海からは「助けて…」という声がずっと聞こえていました。
真っ暗で何もすることができないまま、どんどん声が弱くなり、
次第に聞こえなくなりました。

生と死の境目は何か。

その夜のことが思い出され、夜寝ることができない人もいまだにいます。
自動販売機は電気が落ちて使用できず、
それでもだれも壊そうとしませんでした。
山の沢の水は全部濁っていました。

2日目、昔から親交のある神社にお世話になろうと、雪の中、山に登りました。
180人が80畳ほどにお世話になりました。
神社の宮司さんは、残っていた玄米を残っていた燃料で炊いて、
一口大のおにぎりと濁った井戸水を一口づつ分けてくれました。
何にも飲まず食わずだったので、体がポッと温かくなりました。

小学校に避難した人は、1教室に80人が避難し、足も伸ばせない状態でした。
水洗トイレはあふれ、それでもそこにそのまま用を足します。
拭くものはもちろんありません。
食べ物もなく、殺気立っていました。
津波に濡れた人は、低体温症で亡くなっていく人が多数出ました。

石巻には、救助や報道がなかなか入ってこれなかったため、
情報がありませんでした。

3日後にヘリコプターで自衛隊が来ましたが、
津波が引かず降りるところがなく、物資を落とすのみでした。
5.6日目には、玄米も底をつき、おもゆにもならない汁を1日1杯飲みました。
7日目、山形・遊佐の生活クラブが、玄米、ストーブ、燃料、
女性用ナプキンと拭くアルコールを届けてくれました。

そんな中、子供たちは、けなげでした。

昼間は気丈にして、大人の手伝いをしたり笑顔でいますが、
夜になると夜泣きをします。
中学生年代で大人に対して斜に構えていた子たちは、
大人に何か手伝うことはないかと声を出し始めました。
それにつられて、大人たちもすこしずつ、
自分のことしか考えられなかった人たちが、
だんだんと他人のことを考えるようになりました。
一人ぼっちになってしまったお年寄りに、
それまで全然関わりのなかった隣町の人が話しかけ、
傾聴するようになりました。
人と人のつながりがところどころで見られ、ほっとするひとときが生まれました。

震災当日、直後の悲惨な状況を経験した人からのお話は、
本当にショックなことだらけでした。
そして、高橋さんが会社を見に行ったときの話もまた、強烈でした。

数日後、会社へ行きました。通常なら山から20分で着くが、2時間かかりました。
本社は、ヘドロが20センチ溜まっていました。
2キロ先から流されてきたいろいろなもの、
もちろん遺体も数体発見されました。
最後に遺体が発見されたのは8月のことでした。
ヒ素もPCBも検出されました。
そんな状態では、社員を全員解雇せざるを得ませんでした。

一人で片づけを始めました。
スコップでヘドロを掻き出し、
手作業でいろいろなものを取り出す毎日…作業のしすぎで、
今は腰や鎖骨が曲がり、体にしびれがあり、10分と歩けない体になりました。

だけど、身体は痛いだけです、心の痛みより全然辛くないです。

友人の社長が3人自殺しました。
会社が津波の被害を受けていない会社の社長もいました。
作業休憩中に、何度も「いなくなりたい、死にたい」と思ったことがありました。

でも、そんなときに心の支えになったのは、
避難所に帰って出迎えてくれる人がいるということ、
明日またボランティアに来る組合員や学生がくるという、人とのつながりでした。

3.11以降半年は、800人もの組合員がボランティアに来てくれました。
そのうち3/4は生活クラブの組合員でした。
その後、ピースボートを中心に、
学生たちが400人くらいまだ来続けています。

みんなになんで来てくれるのかと聞くと、
「いてもたってもいられなかったから」という答えが返ってきます。
石巻は地盤沈下したため、満潮になると、水が上がってきます。
車のマフラーに入り込むと車が動かなくなってしまうので、
その時間がくるとボランティアの人が合羽や長靴を置いて、バタバタと帰ります。
帰りながら、「また明日ね」と言葉を交わし、
みんなの「笑顔」に本当に救われました。

会社の中では、大きい冷凍庫がねじ曲がり、
水が入ってカキやカニ、エビが腐りました。
流れ出たものも腐り、ひどい悪臭になりました。
2億3千万円が腐りました。ねずみが大発生しました。
日向の壁が黒いのでなにかと見れば、
大きいハエがびっしり大発生していました。
ウジも二重三重にびっしり連なっていました。

そんなとき、山形生活クラブの理事が、
山形県知事を紹介してくださり、副知事を派遣、
行政の不満をたくさん聞いて、廃棄物を1万1千トン埋蔵してくれました。

石巻では、段ボールやパッケージを取り除いて、
海に沈めた食品もあり、現在カニが大量に発生しています。

5千万円する機械を、グリーンコープの組合員が必死に磨いてくれました。
石鹸でも合成洗剤でも泡立たず、ヘドロが取れませんでした。
そんなとき、ヘドロを宅急便で送って、
石けんとクエン酸で専用の石けんを作ってもらうことができました。
3~4回洗っても、ステンレスから取れないヘドロでした。


私は「身体は痛いだけです、心の痛みより全然辛くないです。」
という高橋さんの言葉に、なんといっていいのかわからない、
そこに直面した人のつらさを感じました。

そして、震災後の街の状況は想像することができなかったものでした。
恐ろしい状況を噂で聞くのと、そこにいた人から聞くのでは、まったく違うものでした。
また、高橋さんは、仕事とお金の現状についても話してくださいました。
 
いまだに、石巻では解体されていない家があります。
住んではいけない地域に指定されたので、
行政の土地買い上げ価格は、100坪450万円ほどです。
がれきは5000坪に30mにも積みあがっています。
1mの地盤沈下があったので、水が上がらないように雨水・下水を埋めました。

お金がないので、即金性のある仕事(がれき処理など)を選択する人が増えています。
もとの仕事には戻れません。
仕事に対しての未来がありません。
復興の仕事は5年後からなくなると言われているので、
この問題は、まだこれから明るみにでてくる問題です。


そして、復興した会社のことについて話してくださいました。

借金18億円。カンパにより、工場のラインが復興しました。
生産ラインの機械は、岩手の組合員がすべて手洗いして製造ラインが復活しました。
機械は、ネジがなかったり、歯抜けでおとうふあげが出てくる機械ですが、
動かすことができました。
レシピも津波で流されましたが、連合会に提出したレシピを取り寄せ、
何度も試作しました。
豆は岩手産、すり身は放射能を気にして北海道産で、
ワーカーズが作っています。
おとうふあげの味にはなかなか納得がいかず、1週間試作を繰り返しました。
1トンできたおとうふあげのパッケージがなく、冷凍保存することになりました。
1トンできましたが、製造を辞めようと思ったこともありました。

2011年10月1日、工場の火入れ式を生活クラブや他宅配関係者と一緒に行いました。
新しい24人のスタッフと新入社員で始まった、高橋徳治商店です。

最後に、高橋さんは、「「祈り」について考えてください。」
そう言って、信条にしている言葉を見せてくださいました。

大事なこと・大切なこと・譲れないこと
生きていける(かもしれない)
変われる(かもしれない)3.11皆さんの原点


私は、お話が終わって、どうすればいいのかわかりませんでした。
何をフィードバックシートに書いていいのかもわかりませんでした。
大きな衝撃を受け、同じ時間を過ごしてきているのが不思議な感覚でした。
自分にできることは、注文用紙に「1」と書いて、支えることだと実感しました。
これからも「1」と書き続けていきます。

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